パレスチナの悲劇を生んだイギリスの三枚舌外交とは




現在の中東情勢を語るにはまずは、第一次大戦と当時の世界地図を知らなければなりません。鍵となるのは第1次世界大戦終戦まで存在していたオスマントルコです。第一次世界大戦で敗戦国となったオスマントルコは連合国側のイギリスによって分断される事になります。このオスマントルコの分断がいわば現在の中東情勢の悲劇の根幹となっています。そして、そのオスマントルコの領地の分断の時にイギリスが行ったのが「三枚舌外交」と言われる矛盾を抱えた密約です。

イギリスとフランスの間の密約【サイクス・ピコ協定】

オスマントルコの領土の東アラブをイギリスとフランスで分けようと約束しました。この密約の背景にはイギリスの植民地であるインドからの利権を守る為でした。当時、インドかイギリスまで物資の運搬にはスエズ運河を通る必要がありました。そのスエズ運河をライバルのフランスに握られる事はイギリスとしては絶対に避けたかった事が背景にあります。
戦争が終わる前からオスマントルコの領地分断を取り決める事でインドからの利権を守りたいという思惑が背景にありました。

アラブ人とはアラブ独立国家の樹立を約束【フサイン・マクマホン協定】

第一次大戦最中の1915年にかねてからオスマントルコからの独立運動をしていたアラブ民族に対して対トルコの反乱を起こす代わりに戦後にアラブ独立国家の樹立を約束しました。アラブ人に反トルコ運動を起こす事でオスマントルコを内部からボロボロにして、スエズ運河を通るイギリスの船を守る事も背景にありました。映画で有名な「アラビアのロレンス」はこの当時の物語です。

ユダヤ人にはパレスチナを約束する【バルフォア宣言】

第一次世界大戦末期の1917年イギリスがユダヤ人の国家樹立を約束する。この背景には当時、ヨーロッパにおいてユダヤ系大資本の代表ともいえるロスチャイルド家からの支援を取り付ける為でした。それだけではありません。その当時、ユダヤ人は多くの資本家がいます。

このようにフランスはオスマントルコを分断する事を約束して、アラブ人にはアラブ人国家樹立を、そしてユダヤ人にはユダヤ人国家の樹立を約束しました。




コメントを残す