色々なバイトの思い出 楽なバイト きついバイト




今まで色々な仕事をしてきた。アルバイトを含めるとたくさんの仕事をしてきた。そんな私の仕事の体験と経験を順番に説明していきたいと思う。これからバイトを始めようとか仕事探しの際には役に立つと思う。はじめてアルバイトを始めたのが高校3年生の頃だった。最初のバイトはラーメン屋のバイトだった。どこの町にでもあるような個人経営のラーメン屋だった。やる事といえばラーメン屋なので当然、接客と皿洗いが中心だった。時給より何よりも魅力的だったのが賄いだった。飲食店のバイト代は安いかもしれないが賄い付きと考えると魅力的かも知れない。もし、東京にでて、役者になりたい、芸人になりたい、ミュージシャンになりたいという夢を持っている若者なら迷わず賄いつきの飲食店でバイトする事をすすめる。ご飯のお代わりくらいはさせてくれると思う。これだけで食事の心配が不要なり食費が浮く!

さて、飲食店の次にバイトしたのが倉庫でのアルバイトだった。今でいうピッキングのバイトだった。カートを準備して注文リストをもってその品物を指定されただけカゴにいれるといったバイトだった。そのバイトで特に何か役にたったとかそういうのは無かったが、ただ、『楽』だった。今のピッキング作業はコンピューターで管理されているので大変だが、当時は、まだコンピューターなんて導入される前だったので本当に楽なバイトだった。

そして、昔は本当に良かったと思うのがコレ。バブル真っ盛りで、今のように派遣が入る前の事、大手電気屋のコジマ電気で正月1週間の短期バイトをしていた。お正月3日間は日給1万円、それにお年玉1日1万円、しめて3日で6万円稼いだ事があった。しかも仕事も楽だった。今ではそんなに短期間で簡単に稼ぐ事の出来る仕事なんてない。昔は派遣業者なんてなかったので短期バイトでも給料が良いバイトもたくさんあった。

そして大人になっても正社員として働き、休みの日に派遣で働く事もおおかった。その中でも大変だったのが製本の仕事、大日本印刷の派遣の仕事を紹介されていった、無駄な事考えなくていいから体だけ動かせという世界。製本作業というのは以外にも地味なもので、チョッと説明が難しいのだがアレはやめた方が良い。まるで有酸素運動をしているに近いものがある。もう二度と行きたくない派遣先でもある。

お菓子工場で働く事もあった。有名なスナック菓子でココでは名前を伏せておくが、お菓子会社の何が凄いって廃棄食品の量がとてもすごかった。ダンプに丸々あふれるほどのスナック菓子。それが全て廃棄というから驚いた。あのダンプにある廃棄スナックが何日分かはわからないがとてもすごかった。ちなみに仕事自体は楽だった。

そして更にお菓子というか某コンビニのスィーツを作る仕事だった。あれも凄くてあのスィーツは全て人による手作り、エクレアならエクレア用の下地の紙を乗せる人がいて、その下地紙の上に、今度はシュー生地を乗せる人がいて、その後ろにはシュー生地を用意する人がいいる。そこに生クリームを入れる、そして生クリームを後ろで補給する人がいて、更にその補給用の生クリームを後ろで作る人がいる、そして生クリームを入れたエクレアの上にチョコレートクリームをかける人がいて、その後ろにチョコレートクリームを補充する人がいて、更にその後ろでチョコレートクリームを作る人がいて・・・とたとえば、エクレアの上にイチゴが載ると、また、今度はイチゴを置く人が増えるわけである。仕事はとても単調で飽きてくる。そして衛星管理にとてもうるさい。素手でズボンの上から尻を搔こうものなら社員さんに文句を言われる。そして、あのコンビニスィーツを作っているのは全て外人さん、南米系、恐らくペルーの人達だと思う。

まだ、まだ他にもあるのだが次回また紹介したいと思う。




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